東京大空襲 – 昭和20年3月10日の記録 –

April 27th, 2008


タイトル:東京大空襲 – 昭和20年3月10日の記録 –
著者:早乙女勝元
出版者:岩波書店
発行日:1971年1月28日

このサイトですでに何度も引用しているが、東京大空襲の壮絶な体験と被害記録をわずか230ページの中に情熱的に凝縮し、東京空襲報道ブームの火付け役となった金字塔とも言える名著。

1971年、「東京空襲を記録する会」の創立と『東京大空襲・戦災史』の編纂に取り組んでいた著者が、先行的に新書の形態でこの本を出した意義は大きい。太平洋戦争の戦況的背景や被災状況のデータといった分析的観点よりも、まず著者は、自身も炎の夜を逃げ延びた市民のひとりとして、東京大空襲の圧倒的な破壊力に地上の視点から迫っていく。読者はその語りかけるような一人称のストーリーに引き込まれ、焼夷弾の嵐を追体験し、やがて東京大空襲、ひいては近代戦争がもたらす蛮行の本質に気づくことになる。

この本の構成は緻密に計算されている。昭和42年、深川の地下鉄工事の際に、地中から空襲被害者の遺骨が発見されるところから話は始まる。そして舞台は1945年3月9日の夜に移され、何人かを主人公としたオムニバス形式で「あの夜」の体験談が語られていく。少年時代の著者自身も主人公のひとりとして登場し、燃え盛る町を逃げ惑う。

各体験談は時間軸を共有しながら同時進行し、下町全域で数百万人が遭遇していたであろう危機的な状況を浮き彫りにする。主観と客観がダイナミックに切り替わり、映画的手法でシーンとシーンが繋ぎ合わされる。そのドラマチックな展開は、吉村昭の小説にも似て、記録文学として相当の演出効果をあげている。

著者はこの本の後も、現在まで、東京大空襲に関する数多くの本を出しているが、『東京大空襲 – 昭和20年3月10日の記録 -』以上の「効果」を持ったものはないだろう。ここでいう「効果」とは、読んだ者を次の行動に移させる力のことである。

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